水前寺 清子の年齢は?


水前寺 清子(すいぜんじ きよこ )1945年10月9日生まれの、2017年7月現在で71歳です。本名:林田 民子。

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水前寺清子の実家は鹿児島県熊本市内で化粧品や洋品店を営んでいた自営業の家に生まれました。水前寺清子が小学生時代まで熊本市内で過ごしたそうですね。

しかし、実家の化粧品店は過大な投資を利益として回収できず、店を閉じてしまいましたね。なので、水前寺清子さんは小さい頃、金銭面で相当苦労したと思われます。

水前寺 清子は年齢19歳のときに念願の歌手デビュー!

水前寺清子さんは1964年10月15日に『涙を抱いた渡り鳥』で念願のデビュー。水前寺清子さんが歌手デビューするまでにはいろいろな苦難がありましたね。

1960年、水前寺清子さんが15歳のときに出場したコロムビア歌謡コンクールで準優勝に輝きます。

コロムビア歌謡コンクールで、戦後歌謡界を代表する作詞家の一人である星野哲郎が水前寺清子さんの歌声に惚れ、声をかけたのが芸能界、歌謡界に入るきっかけです。

しかしなかなか歌手デビューすることができなかった水前寺清子さん。そんな逆境の中でも水前寺清子さんはめげずに頑張ったのです。

レコード会社を移籍して、先輩歌手の畠山みどりさんのために作られた楽曲袴を履いた渡り鳥を畠山みどりさんのキーで涙を抱いた渡り鳥と曲名を変更した後、水前寺清子さんは夢に見た歌手デビューを果たすのです。

普通の人だったら11回もレコーディングしてデビューできなかった心が折れて止めているはずです。しかし、水前寺清子さんには家族の生活がかかっていたのでやめるわけにはいかなかったのです。絶対に成功して、お金を稼がないと、両親が路頭に迷ってしまいますから。

1968年には『三百六十五歩のマーチ』が異例の100万枚の大ヒット。翌年の高校選抜野球の入場曲に選ばれましたよね。前年に最も売れた曲が選抜曲に選ばれるので、三百六十五歩のマーチがいかに大ヒットしたかがかいま見れます。

水前寺 清子は年齢25歳のときに民放ドラマ史上最高の視聴率に出演する。!

1970年、水前寺清子さんが25歳になる年に伝説的なテレビドラマに出演します。そのドラマとは TBS で放映されたありがとう

ありがとうがすごいのは民放ドラマ史上最高の視聴率、なんと、56.3%を記録したとんでもないドラマです。日本国民の6割が見ていたということですから相当すごいですね。

水前寺清子は当初、ありがとうへの出演を拒んでいました。なぜなら、私は歌手なのに、並行してドラマをやると歌が売れなくなってしまう。というのが理由だったそうです。当時は役者と歌手が分業だったんですね。

しかし渡る世間は鬼ばかりで有名な石井ふく子さんの猛烈な説得に屈服して出演されることを決めたそうですね。石井ふく子さんの思惑通りありがとうは大ヒットしました。

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