五木 ひろしの年齢は?


五木 ひろし(いつき ひろし〉1948年3月14日生まれ。2017年7月現在で年齢が69歳です。本名は松山 数夫〈まつやま かずお〉。妻は元女優の和由布子。

五木 ひろしは京都府生まれだが、父親の仕事が鉱山技師だったので幼少期は住まいを転々とします。福井県美浜町に移り住んだ時に五木ひろしさんの父親が建築用石材を扱う事業を始めます。

なので、福井県美浜町で五木ひろしさんの父親の仕事が落ち着くので、出身地は福井県美浜町になります。

五木 ひろしが年齢15歳のときに歌詞を志す!

五木ひろしさんは1963年3月、中学を卒業した15歳のときにお姉さんを頼って京都へ行き、関西音楽学院に入学します。

そして作曲家の上原げんを紹介されて、上原げんの内弟子なるために五木ひろしさんは上京することになります。

五木ひろしさんは小学生時代から歌手になりたいと思っていたそうです。1953年からNHKでテレビ放送がスタートしたので五木ひろしさんが小学生の頃は、電気屋とか理髪店などのテレビで演歌歌手などの歌を聴いて憧れを抱いていたんでしょうね。当時は戦後復興の活気のある時代です。

内弟子自体には俳優の松方弘樹さんも一緒に歌の修業をしていたとのことです。

五木 ひろしが年齢17歳のときに歌手デビュー!

五木 ひろしは新宿駅から/信濃路の果てで歌手デビュー。五木ひろしさんが17歳の時です。当時の芸名は、五木ひろしではなくて松山まさるでした。

松山まさる名義でシングル曲を6枚販売しましたが、全くヒットしませんでした。ただ単に歌がうまいだけでは売れないんですね。

時代背景によるものや作詞作曲の相性があり、天下の五木ひろしさんもなかなかヒットすることができませんでしたね。

師匠の上原げんが急死した後は、地方巡業という名のキャバレー回りをして食いつないだ時期もあったみたいですよ。五木ひろしさんはデビューしてから5年間、全くヒット曲に恵まれず、芸名を2回変更する等の苦労時代を味わいます。

よこはま・たそがれでやっと花開きました。よこはま・たそがれでオリコンのシングルチャートでは、1位の座を獲得。日本歌謡大賞や日本レコード大賞を受賞。そして念願の NHK の紅白歌合戦に初出場することになります。

それ以後、連続して紅白歌合戦に出場中です。

五木ひろしさんの場合は不遇時代が非常に長いです。しかし逆を考えれば、実力をしっかりとつけてデビューしたので、のちのちの安定した実力をキープできることになり、よかったと思います。

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